『Seventh Code:セブンスコード』

1/11〜17日まで渋谷のシネクイントで一週間限定公開中の『Seventh Code』を観てきました。前田敦子の4thシングル「セブンスコード」のミュージックビデオを、黒沢清監督が映像化したものです。MVというよりひとつの映画として十分に評価できたし、というか、今年のベスト級の傑作でした。


■あらすじ
秋子(前田敦子)は松永(鈴木亮平)という男性を追い掛け、ウラジオストクを訪れる。ようやく極東の街で念願の相手と再会を果たすものの、向こうは彼女のことなどきれいさっぱり忘れていた。ある日、斉藤(山本浩司)が経営する小さな食堂で働きながら松永の行方を探していた秋子のもとに、ようやく情報が入ってくる



多少のネタバレが含みつつ書いていくのでここからは独自のご判断で。



唐突の町の1ショットでいつもの黒沢清っぽい不安を煽るような冷たい画面からの長回し、猛ダッシュでキャリーバッグをガラガラ転がしながら走って車を止めようとする前田さん。それを無視するように止まらない車。冒頭からすぐになんだかおかしいぞと不穏な空気にみせます。手持ちカメラに切り替えて追う前田さんを追う、1ショット目から不安感を客に煽ってくるカメラワークはまさに黒沢清!と言わしめるオープニング1分。舞台であるウラジオストクと前田さんはこの冒頭だけで黒沢清との抜群なマッチングでロシアの無機質感がとても映えていた。

HK/変態仮面』で見事主役を張り、今年公開が予定されている園子温の新作にも主演する”鈴木亮平”が今回前田さんに執拗に追われます。ルックスもスタイルも嫉妬するくらいのいい男で出演したどの日本人よりも流暢に英語とロシア語を話しています。何やら危ない人達と繋がっているようでダークサイドを映し出しているのは鈴木亮平側と思いきや、どこまでも執着している前田さんをカメラが追う事で前田さんの方がミステリーに見えてくる。


なんやかんやでかれこれ彼を追い続ける前田さんの前に、「少しでも世の中を変える力が欲しいから、お金が欲しい」と言う中国人の女が現れ、与謝野晶子の「旅に立つ」を歌いだします。


【いざ、天の日は我がために 金の車をきしらせよ、 颶風の羽は東より いざ、こころよく我を追へ】


この歌は与謝野晶子ウラジオストクからパリへ行く際に残した歌だそうで、現地にも石碑が建てられているとか。
中国人女性がこの歌を歌う背景としては、彼女が世話になっている料理人の男性が「1億稼ぐぞ!」言う彼を信用して料理屋を手伝うことになりあくせくと働くのですが、結局、彼はお金を集めて店出して生活するのがやっとで、1億円の夢も薄れていっています。彼女とはそもそもの価値観の相違があるしだから結局彼女は彼のもとを去り、欧州行きの列車に乗り西へと、歌の通りに道を歩んでいきます。そして、ラストではこの歌が前田敦子自身に直結してくるのです。


内容に言及するのはもう抑えましょう。この映画60分しかないのですが、ラスト10分は本当に怒濤の展開です。この部分は、是非観てほしいのでネタバレにならない程度に書くと、それまでの50分はなんだったんだと思うようなひっくり返しで全てが黒沢清の手の内で転がされていたと思うくらいのエキサイティングなシーンの連続なのです。随所に、「え、前田さんおかしくね?」と思えるシーンがあって予想はついていたのですが、このラスト10分は前田さんの演技が圧巻でした。
そして、トラックの荷台で与謝野晶子の詩を叫んで、最後のあるロングショットで圧巻の映画的シーンでエンドロールを迎えます。



MVとしての「セブンスコード」はラストカット手前で挿入されます。ここでやっとMVだというのを認識するほど唐突にやってきます。劇中の衣装で歌っているので秋子ととるか敦子ととるか2つで楽しめました。テレキャスを持ち、風を感じながら力強いヴォーカルで歌っている姿は、バックトゥザフューチャーのマイケルJフォックスに投影してしまいました。GMF!の時のグレッチを使っていた前田さんとはまた違い、新鮮でした。ポップスをロックにアレンジした曲調になっており過去にない歪ませたギターロックに仕上がっています。前田さんのオルタナティブな歌声は今回若干抑えめで心地いいメロディラインにそっと乗せるように歌っていました。

愛しさとはセブンスコード…
孤独とはセブンスコード…

歌詞から意味を汲み取るとすれば、そもそもセブンスコードとは、和音に音を更に加えて幅を拡げる細かい表現にする的なコード(適当)、ここでの意味合いは”感情”を指しているんじゃないかな(妄想)。感情をセブンスコードにした時の味わいとか奥行きとか、それを表現する意味での企画だったのかななんて。

ちなみに、こちらでCDJに出演した際のライブ映像が少し見れるみたい。バックバンド豪華!

http://www.wws-channel.com/music/countdown_japan2013/maeda-atsuko02.html



昨年公開された『もらとりあるタマ子』での前田さんは、ダラダラと漫画を読みふけたりと前田さん自身に近い役柄だったと本人はおっしゃっています。結局はこういう役どころで落ち着く女優さんになってくのかなーと思っていたら、あちらとは全く違う演技で、振れ幅が大きいせいか女優として一皮むけた印象を植えつけられます。走る、叫ぶ、歌う、食べる、そして◯◯、…と大胆な躍動感や物憂げなアンニュイ感、今までの演技では見れなかった前田さんが多く飛び込んできます。これが演技のセブンコードなんでしょうか。演技で惹き付けられたと同時にノスタルジーな感覚に陥ったのですが、多分これは演技にアイドル的要素が内在していたからだと思いました。RUN敦、食べ敦、〇〇敦・・・あのステージでキラキラしていた頃の"あっちゃん"を思い出させてくれるのです。いや、本当、してやられました。


やはり今回は、日活と黒沢清の功績が大きかったと思います。秋元康及びキングレコードのアプローチとしては前例のなかったプロジェクトでしたが、監督が前田さんを理解していなければ成立しない案件でした。監督が彼女のポテンシャルを見抜き存分に引き出したからこそ素晴らしい傑作になったのだと思います。「彼女の非凡な個性は、日本ではない異国の土地でよりいっそう鮮烈に輝くに違いない、そう予想して私は最新作の撮影にのぞみました。その通りになりました。映画が全力で彼女を支え、最終的には彼女の存在が逆に作品全体を力強く押し上げてくれました。映画なくして彼女は生まれず、彼女なくして日本映画もまた存在しえない、そんな時代がやってきたようです」と監督は気持ち悪いくらいべた褒めしています。僕も概ね同意です。少なくとも彼女のキャリアに燦然と輝く作品だったということは間違いないですね。前田敦子という女優をリアルタイムで追う喜びを感じられるのが今作の醍醐味であったのでは。


『Seventh Code:セブンスコード』
監督:黒沢清
主演:前田敦子